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2014年3月26日 (水)

ジョンコルトレーンの来日

ジョンコルトレーンが来日したのは、1966年、ビートルズが嵐のように来日し、帰って行った後。
1966年は、日本のポップスの歴史の元年といってもいいのかも。

そして、その翌年、肝臓がんで逝去されたので、日本人で彼に接したのはこのライブを見た人と言うことになる。
ジャイアントステップスを初めて聴いたときぶっとんだなあ。神々しいというより、禍々しいと思ってしまった。
なんだ、これは!?
という感覚でこの年まで生きてしまったように思う。
コルトレーンは享年40歳。
えらい早世だったんだ・・・
彼の来日の際のエピソードを読んだ。
インタビューに答えて、ライブの成功を祈るコメントと、「将来、どういうものになりたいか?」という質問に、笑いながら「saints(聖者)」とある。
冗談かな。
それは、女性関係の清算と結婚を意識したものかもしれないし、死期を悟ったような発言だったのか・・・
でも、なんか本気で聖者になりたがっていたのかもしれないなあ。広島、長崎にも忙しい中立ちより祈りをささげている。
スケジュールは過酷を極め、移動、プレス対応、ライブを繰り返す。
曲は3曲で2時間弱。
インプレッションは激賞と酷評が入り混じる。中間はない。
今聴いてもトナリティを感じることはないが、音は、彼そのものである。
雄牛のような体格で、テナーサックスの先から、唾液が落ちる。凄まじいエピソードである。これを毎日繰り返す。身を削っている。
フリーなジャズ形式はオーネットコールマンが始めた。あまりのコード感、スケール感のなさに、酷評が続いたが、一部おもしろがる人がいて、それが出発点だ。
コルトレーンもオーネットにインスパイアを受けている。
だが彼の音は、天然ではない。整然とした壊れ方に聴こえる。
絵画でいうと、写実を極めた上での抽象画というべきかなと思う。
ここには計算はないのだ。彼に言わせれば「愛」ということになるし、または「神」に捧ぐと言うことなんだろうと思う。
これが本質であり、オーディエンスは感じればいい。
プレイヤーサイドから見ると、凄まじすぎて評論の対象ではないが、俺の言葉で言うと、音楽への忠誠心と言うことになる。
突き詰めて考えたものにしか至れない境地があると思う。その感覚をオーディエンスと共有できることこそ、音楽冥利なんだろうと思っている。
壊し方、もしくは壊れ方・・・
身につける、または身を削る・・・
こんな言葉が浮かんできた・・・

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