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2014年2月 2日 (日)

0とは何か?

0とは何か?
と言っても、インドで発見された数字の0の話ではなく、戦闘機ゼロ戦の話。
永遠の0
百田尚樹著
最近映画化され、評判だ。

「隣の姉御」文庫で借り出し。
ジブリの「風たちぬ」でもそうだったが、この戦闘機、ゼロ戦への思いというものが、団塊の世代あたりにも、色濃く残っているように感じる。
なぜか?
思い出してみると、少年マガジンやサンデーによくこんな特集があったぜ。
戦艦大和や武蔵、戦闘機、隼や紫電改、そして最強伝説、ゼロ戦。撃墜王坂井三郎などなど。
それはそれかっこよかったし、子どもらが憧れるのも無理はない。今のシューティンゲームとあまり変わらない。
スポーツや科学の世界のヒーローに憧れる気持ちや、電車や虫が好きになるのと変わりはないが・・・
しかし、そこには政治的な大人の意図はあったのだろうし、世の中の気分もあったのだと思う。
敗戦、焼け野原からたちあがり、何とか豊かになろうとする日本人。
プロレスの力道山やボクシングの白井一男が見せた世界と渡りあえる力を、俺たちは持っている!そう、かつて、ものがない中、最強と恐れられた戦闘機を作れたのだ・・・
高度経済成長が始まる気分がこうだったのでは?
そして、その力は証明したが、成熟を実感し切れていない、現代日本から過去を照射すると・・・
この著者の持っているゼロ戦への憧れは、世代から言ってもまさに団塊の世代が感じた、開発者や技師たちへのオマージュと思う。
物量も乏しく、国土も狭いこの島国の人々が、目標に向かって爆裂的に働き、大きなものに挑むことのカタルシス。
そして、自己保身と集団的無責任の最たる官僚組織、大本営への痛烈な批判。
きちんと読み込めば、戦争の悲惨さ、愚かしさをエンターテインメントに仕立てながら、よくかけているし、特に俺の世代、団塊の尻尾世代には、気分的に通じるものがある。
でも、為政者は違う利用を思いつくのでは?
アベノミクスは、経済政策としてほぼケインズ政策に近い。金融緩和と公共事業。借金が増える。後世に借金を持ち越す政策。
そして、もはや課税による公平性の担保は自ら捨て去り、法人税減税と消費税アップという、企業に有利に働く政策をとり、また、社会保障水準は明らかに落ちる。秀才である官僚が甘言を弄しても、事実は事実だ。
これを格差社会というのだ。
そしていらだつ世論をどこに持っていくか?排外主義である。ケインズも戦争経済には触れていないが、戦争こそ不況知らずの公共事業である。防げなかったのだ。戦争を。ケインズ案では。
この流れの中で、絶対に、ゼロ戦を使われたくない!
特攻隊?人間魚雷?
兵站も防御もまったく手薄なまま、犠牲を強いて、兵を暴力を持って支配し平気だった軍隊など語るに落ちる。
しかし、当時の若者にこんな当たり前のことすら言えなかったと思う・・・
国家を批判することなどできようか・・・運命を背負って必死に生きようとしたのだ・・・軍神でも戦犯でもテロリストでもない。みんな、未来ある大事な若者だったのだ。
大本営は世界の汚点である。
自分たちの大事な味方を、そして、前途ある優秀な若者を平気で死に追いやり、戦後は平然と転向し、うまく泳ぎきった品性下劣なものたちが、いまだこの国に影を落としているとしか言いようがない。
優れた技術者たちの偉業を、官僚、政治家の自己保身と集団的無責任の言い逃れに利用してほしくない。
マスコミの世論誘導の具にもしてほしくない。
まずは、本の感想の前に、ここを押さえる必要があるね。

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