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2014年2月18日 (火)

吉村昭氏の風合い

彼の著作物はノンフィクションのようだ。記録文学とも評せられる。
事実関係の綿密な調査が前提であり、説得力てんこ盛り。
本人は「私はそこにいましたから。」と述べる。
どこまで資料を読み込むんだ・・・

空想をできるだけ排除し、事実を積み上げた上での推論に飛躍はないね。奇をてらわない。
ここに、彼の一見とっつきにくいが、なじむとわかりやすくなり、忘れがたくなるという文学性があると思う。
しかし、要所に謎解きのような仮説が展開される。そして、この硬質な文章が良いなあと思うようになる。
この吉村ワールドにはまる人は多いと思う。やはり小説なんだ。
名が体を表すじゃないけれど、普通なんだけれど、偉大。こんな風にはなかなか書けないよ。

天狗騒乱

これは、幕末の徳川譜代の水戸藩が、尊皇攘夷思想の卸問屋の様を呈するようになり、過激の一途をたどり、攘夷派を弾圧した彦根藩の井伊直弼大老を桜田門外で殺傷し、更に英国大使館のオールコックを襲い、筑波山に立てこもり、挙兵した一派の物語だ。
水戸藩は議論好きの殿様、水戸斉昭の闊達な気風から会澤正志斎、藤田東湖などイデオローグを生み出す。
地理的には、水戸藩は鹿島灘から太平洋に面しているので、そこから洋夷が攻めてくると言う危機感があり、そこに譜代ながらの攘夷派を生み出す素地がある。なるほど。目からうろこ。
そして、水戸藩は、旧守派、鎮派、激派に分裂する。
人の組織は、何かが起こると大体こういう風に分裂するなあ。
そして、もっとも過激な主張を繰り返した激派は山にこもり、蜂起を目指すが、盟主と仰いだ徳川慶喜に見捨てられ、非業の最期を遂げる。
この一派が通称天狗党といわれた一団で、藤田東湖の嫡男小四郎も天狗一派だ。
天狗のいわれは様々あるが、いいえて妙だったのだろうね。
彼らの失敗の大きな要素として、民心とかけ離れたやくざめいた行為にあった。
商家や庄屋に法外な軍用金の用立てを強要し、拒否をしたらその村に火を放ち、消火に勤めたものを切り殺すと言う悪逆ぶり。
主張はともあれ、こんなことが許されるはずもなく、後に、民の財産に手を出すなとお触れがまわっても、ときすでに遅し。
離れた民心はついに戻らず、結局はその身は跡形なく滅びる。
そして、水戸藩は、内部の殺し合いから払底し、時勢から大きく遅れ、薩長の後塵を拝すのである。

記録文学として、彼はこの史実に疑問と興味を持ったのだろうね。
そこから何を学ぶか?
時勢には逆らえないが、自分なりの最善を尽くすことはできるはずだ。
自分でコントロールできないことには関心は持たない、とは、松井秀喜の言葉。
人には果たす役割が与えられているのかもね。

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