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2014年1月30日 (木)

もの食う人びと

もの食う人びと
辺見庸
1994年に新聞連載された著者の随筆をまとめたもの。

当時、バブル崩壊直前で、こんな暮らしでいいのか?という気分があったようにも思う。
飽食し、残飯、ゴミを大量に生み出し、またファストフードに代表される、中毒性を帯びた工業製品のような食物。
筆者自身も、結構重度なアルコール依存とニコチン依存の症状を示している。
そんな自らに活を入れ、食べるということの原点を探ることを目的として、世界をめぐる。
噴火で追われた、フィリピンの山の民族の食べ物を探り、ガナルカナル島での悲惨な飢餓の調査、北方領土に残る日本の食習慣の探索、チェルノブイリで住民の食べている食べ物、そして、従軍慰安婦に寄り添い、ともに食事をするなどなど。
今から見ても、著者のジャーナリスティックな本能というべき事象にせまる嗅覚の鋭さに感嘆せざるをえない。
すべて今の課題に直結しているではないか!
食の安全、地産地消、原発、戦争責任、または戦争の現実。
これらの事象に「食べる」と言う行為からの視点でアプローチする。
山の民がおいしいと語る、山の獲物、でもネスカフェのインスタントコーヒーに中毒症状を示している・・・
また、残飯を売る商売・・・
ガ島での忌まわしい喫人の記憶・・・なんと悲惨な・・・
事故後も安全神話を語りながら、見えない放射性物質の恐怖をかかえながらの食事。
生きるためなら、何でも食べる北の島での食事。食習慣の痕跡はたどれない。
そして、自害しようとする元慰安婦たちと「死ぬな、死ぬな」と説得しながらの食事。
すべてが重いエピソードだが、すべてあった話。それも一つも解決していない。
食べるという欲望に人間の業が詰まっているなあ。
それでも食べ続けなければならないし、奪ってでも食べる、土下座してでも食べる。
奪うことに慣れきった現代の日本人への、強烈なしっぺ返しが内側から、また外側からはじまってくるように思うね。
もう一度、おいしい物、正しい食べ物とは何かを考えよう。

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