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2012年12月 6日 (木)

司馬氏の大説

峠、人々の足音、韃靼疾風録などなど。
司馬遼太郎氏の歴史小説的世界や「この国のかたち」や「街道を行く」などのエッセイのシリーズは、実はすごく好きなんである。

政治家や財界人からも好まれるし、歴史的な人物を扱うので、英雄史観的で権力者寄りという批判の向きはある。それはそうかもしれない。庶民の歴史ではなく、いわば、上部構造の変遷に点在する人物の造詣なので、エスタブリッシュメントな方々に教訓的に受け入れられてしまう素地があるのは否定できない。
「坂の上の雲」は絶対誤解されて愛国主義的に使われると考え、司馬氏本人、最後まで映像化を拒否したことは象徴的である。
俺たち世代にとっては、歴史の授業といったら、史実の年号の暗記や人物名の書き取りであって、退屈極まりないものだったのだ。
その乾ききった歴史を、司馬氏はヴィヴィッドに描いてくれて、事件の意味やその人物の感情などの想像をかきたてられ、随分興味を持たせてくれるきっかけになった。おかげさまで、明治以降の近代史や戦国時代について、テスト問題を苦にすることはなくなった。
また、氏の資料を収集し、現地へ足を運ぶといった執筆の際の姿勢をものすごく尊敬できた。資料が恣意的で、学問的でないとする向きもあるが、牽強付会、我田引水的ななものは感じない。小説家として膨らませたい部分があるのは、致し方ないだろうと思う。
魅かれあう男女間や酩酊感のある友誼関係など、人のやることに想像めぐらすのは人間のさがだし、史実としては差っぴいて読むよ。もはや乾いた歴史的事実になってしまったものに、水分を加えるのが、小説家の仕事いうことでいいんではないかなあ。
俺にはすごい作家だなあという部分といい人なんだろうなあという部分しか感じない。
藤沢修平も山本周五郎もいいなと思いますよ。司馬氏の小説が面白いと思うことと矛盾はなんら感じない。教えてもらったことはたくさんある。
司馬氏の小説から学んだことも少しづつ書こうかな。

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コメント

[もはや乾いた歴史的事実になってしまったものに、水分を加えるのが、小説家の仕事いうことでいいんではないかなあ。]
ここがイイネ! 司馬遼太郎の小説で近代史を学習したひと、多いと思うよ。

水分を加えられたフリーズドライの史実は、凝縮された良い味を醸し出してくれるんですよね^^
同様にインプットされた「歴史」が、受験校での記述問題で出た時は、「ここが運命の学校かも」と思ったものです。
古代史は永井路子さんの小説で、随分と学ばせていただきました。少し前に読んだ三田誠広さんの「天翔ける女帝」も面白かったです。

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