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2012年12月12日 (水)

ラグビー・ロマン---岡仁詩とリベラル水脈

ラグビー・ロマン---岡仁詩とリベラル水脈
岩波新書後藤正治著
ラグビーについてちょっと考えてみようとこんな本を借りてみた。

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一時期、一世を風靡した同志社大学の監督や部長を務めた岡仁詩氏の評伝である。
当時、ラグビーは人気スポーツであり、俺も日本選手権の新日鉄釜石と同志社大学の試合を正月に見るのが習慣だったし、全日本が、オールブラックスに引き分けたり、イングランドに勝ったのがそのころじゃないか?
takuのおかげで、ラグビーというゲームをずいぶん身近に見ることができて、このスポーツの持つ特長にずいぶんとひきつけられている。
激しい闘志とすべての筋肉を使う体力が必要な上、またひとつ間違えれば、大怪我や乱闘に結びつく危険をはらんでいる。それを防ぐ意味においても、相手を敬う心やノーサイドという考え方が採用され、独自の精神性を作っている。

ここが学生スポーツとしての一番の適合性だと思う。

また、京都という風土。
もともと、京都には、独自の自由さがあったと思う。玉璽を取り合う権謀術数渦巻く権力の奥座敷として、江戸=武士の考えに背面服従で、こうあるべき!と声高に叫ぶ、了見の狭さや上から目線を、斜に構えていなしてしまうという土地柄や気風があると思う。

しかし、このスポーツは生半可にはできない。
多くの学校系スポーツクラブが、根性や上級生絶対服従を強い、結果を求めていたころに、同志社大学は、選手自身が自由に議論している、この気風はなんだろう?
ラグビーは学生自身が考えて、自由に創造し、わくわくするもの=「岡イズム」。

そういわれるものにいたった岡氏の原風景に出会った気がした。

思い出すと、当時のラグビーは、さまざまな人材が輩出し、みていてほんと楽しかった。
岡氏の気質をよく知る人は「エンジニア」と「教育者」という言葉で表す。
理詰めと説得力ということかなあ。
あるプレイをしようと思うと、そのための準備が膨大になってくる。
体力走力をもちろんだし、細かい技術や連携もそうだ。
選手を歯車のように使って、指導者が持つイメージを完遂する方向に行けば、比較的短期間でそれは可能になるのかもしれないし、結果を求めるのであれば、多くの指導者がそういう傾向に向かうのが常なことだと思う。
それを稚拙でもいいので、選手に任せてしまう。その結果から選手が何を学び、論点を理詰めに整理すること、そこに指導の意味を見た人なんだと思う。
ここにもキーが潜んでいる気がする。
日本人にとってのラグビーって・・・

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