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2012年11月 6日 (火)

レナードタッチ

ブリッツ
エルモアレナード著
この作家、初めて読んだ。
帯に評論家の賞賛は置いておけ、レナードタッチを楽しめ!とある。
大きく出たなあ。読んでみた。

これはハードボイルドの後継だわ。よくできた話だな。
俺が思うに、ハードボイルドの定義のひとつに、善悪定かならぬリアリティがあると思う。そして、もうひとつはカタルシスのある必然性だと思う。
念頭においているのは”マルタの鷹”のダシールハメットである。
主人公の探偵にしても刑事にしても、金や仕事や家庭に行き詰っていたり、自堕落に過ごしていたりの、読者に近いグダグダ感があり、登場人物の犯罪者の方とさして変わらない。
分け隔てるものは、あえかな”あや”だ。
成功を希求して無理や嘘を重ね、罪を犯すのも、生活が崩壊しつつも、一点のみ真っ当さが光るのも、どちらもありうるリアリティを感じさせる。これが技であり、こうなるのも無理はないなあと思わせるのが、説得力で必然性だと思っていた。
しかし・・・・
80年代にすでに、サイコ的殺人者がリアリティを帯び始めたということがいえるんだろうね。
サイコ的殺人者といっても、ある種荒唐無稽な”13日の金曜日”のジェイソン的殺人者から、普段は会話も普通、狂気も感じないが、自ら完結している論理に外れると突然、”切れて”殺人者に変貌するという、この手の犯罪者の造形がはじめて説得力を持った時代なのかもしれないね。
銃撃され、プエルトリコに療養に訪れた刑事ビンセントが、現地で知り合った恋人、アイリスがアトランティックシティのカジノ王に、”ホステス”として雇われたが、18階のビルから転落死する。ビンセントにはかつて刑務所に送り込んだ殺人犯テディが復讐に付きまとっている・・・
真犯人は?

・・・・・・・
レナードタッチといわれる筆力の特徴は、独白のスタイルにある。
刑事ビンセントの銃撃後の葛藤や生と性への執着、タクシードライバーの上客をつかんだ気持ち、このドライバーをがけから突き落とし、自分の母親に金をせびる際の殺人者手テディの心理等、すべてモノローグで語られ、異様な説得力を持っている。
必然性は感じない。彼らの論理構成に飛躍があり、あまりにも自己中心的なんだが、この飛び方に説得力があるのだ。
アメリカにおいて、犯罪心理に通暁しているといえば、やっぱり、FBI心理分析官の仕事を思い起こす。
この作者によって、この手法が初めて小説に導入されたのかもしれないね。

プロット重視だったアメリカ。

かの地は、このころ異常心理にリアリティが出始めたと思う。

この会話方式やディティールの描き方に共感が出始めたのかもしれないね。

”戦争の傷”かもしれない。

最後に、ふっと皮肉を言う・・・、こんな映画のシーンがあるが、この手法はまさにこのレナードタッチが始まりなのかな?

ここで、さらにroots & fruits的に言えば、トマスハリスの”羊たちの沈黙”やパトリシアコーンウェルの”女検屍官”シリーズに響くものがあると思う。

スティーブンキングもエルモアレナード、全冊一気にそろえたとのこと。

また、最近流行の米製犯罪ドラマにも通じていく。
しかし、こんな殺人者が説得力を持って存在する国家ってなんだろうと思ってしまうなあ。日本も人のことは言えなくなってしまったが・・・

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コメント

最近の日本の殺人事件報道はどれがどれだけ混同してよく解らなくなってしまいました。
そして毎日のように親子で殺し合い・・・荒んだ世の中になってしまいましたね。

ラグビーのソニービルウィリアムスが日本はちょっと前のアルゼンチンに似ているといってましたが、犯罪はちょっと前のアメリカそっくりになってきましたね。
この本は松本清張や森村誠一ともぜんぜん違う。なんだろうね。

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