« 瀬戸西高祭夜話 | トップページ | フェンダーストラトキャスターとギブソンSGの比較。 »

2012年9月25日 (火)

食堂かたつむりを読んだ

食堂かたつむりを読んだ。
いやあ、実に映画的だね。実際映画になった。まだ見てないけれど。
この物語を映画化しようと思った人は卓見だと思った。

ふられた女料理人が傷心のまま実家のある田舎に帰って、1日一組の客を取るレストランを開業し、地の食材を使って、地域住民の心を開かせていくプロセスはフランス映画の「バベットの晩餐会」を思わせるし、母と娘の確執は、イングリットバーグマンとデブラウィッガーが丁々発止の母と娘を演じた「秋のソナタ」を髣髴とさせる。
俺がこれらの洋画に感じたのは、キリスト教の規範と身体の欲望の開放という西欧的かつ現代の資本主義に通じたテーマである。
バベットの晩餐会では、美食など考えられない、質素に生きてきた敬虔な人々に、とんでもない贅沢と欲望の開放が目の前にきたという異文化経験がテーマといっていいだろう。
この振る舞いは、戦後の日本人が通ってきたプロセスとそっくりであり、今、その欲望の開放は、ある種行き着くところまで来たのかと思うときもある。ここから日本はどこへ向かうのか?
また、「秋のソナタ」もキリスト教的規律をめぐる解釈と矛盾を、母子で争うという形式の、世代間の議論である。
この問題は、本当に現代に通じていると思う。
プロテスタンティズムと資本主義、欲望のコントロールは宗教的規範で守らせるというバランス感覚はもはや本家本元でも失った考え方であろう。グローバリズムとは市場原理主義であり、規範なき暴走列車であると思う。食も工業製品のようになり、どのようなところに行ってもインスタント食品は食べられる。
こういう社会情勢の中、この「食堂かたつむり」は、その通底音に、東洋的といっていい輪廻と再生というテーマをもってきた。
ここが画期的だと思う。美食における身体論が、有機物の流れで説明され、規範ではなく、おいしいと感じるものとは何かの提案がある。食をめぐる一連の行為に対する理解がある。
ここで描かれたことは、フィクションであるが、学童保育で、つかみ取りさせ、さばかせ、焼いて食べさせるという一連の疑似体験の本物版だということだ。
畑を耕し、動物を飼い、また、狩猟し、持っている技術を最大限駆使し、おいしいものに仕立てる。
これが料理である。
サブストーリーもすべてが輪廻と再生につながるものと感じる。
インド人!にふられることもそうだし、愛人が死んでから喪に服す老婦人の、料理を食べてからの再生のエピソードもそうだし、ペットの豚を食べてしまうのもそうだし、母の死後、気力を失い、休業していたが、飛び込んできた死にかけの鳩をジビエとして料理し、失っていた声を取り戻すのも、みな、このテーマに準じていると考えていいと思う。
俺は用務員の熊さんが好きだね。
「りんごちゃん、ほんとにいいのかい?」と聞いて、ペットの豚、エルメスをつぶし、「この豚、ばばあのくせにいいもん食ってるから、身がきれいだなあ。」とつぶやくところがいい。そう、いいもん食ってるから、きれいで、またうまいし、それを食った自分もきれいになるのだ。
この業の深さが人間だね。それがわかっている。まちがいなく熊さんは正しい人だ。
これが、ひとつの答えかもしれない。
「三里四方のものを食べていれば病気にならない」というじゃないか。
以外に答えは近くにある。
しかし、面白い小説はやっぱり「神、細部に宿り給ふ」なあ。
なんて料理のうまそうなこと!にんじんのフライなんて思ってみたこともない!
食べ物をおいしく表現するコツはなんだろうか?なんか読者を無意識のまま引きずっていく荒業があるに違いない。ちょっと秘密をのぞきたいねえ。
「私が愛したスパイ」だったかなあ、ストーリーはまったくおぼえてないんだが、このスパイが毎回料理の薀蓄をたれるんだが、もうおいしそうでおいしそうで・・・この話はそれに近いなあ。

« 瀬戸西高祭夜話 | トップページ | フェンダーストラトキャスターとギブソンSGの比較。 »

ライナーノーツ」カテゴリの記事

コメント

食をテーマに取り上げた映画や番組は最も共感を得やすいジャンルかもね。

でも何故にタイトルは「食堂はかたつむり」?

主人公に天啓があり、つけた設定だったかな?
実家に間借りする感が表現されている感じですね。俺的には、読後感はなかなかさわやかでしたよ。

↑ 自分の家と一心同体の「かたつむり」。倫子が食堂を開くにあたり、家=食堂と一心同体になる覚悟のようなものの意もあり、殻=家にとじこもって安住の場所とすることもできる・・・というような意味もあるのかな?と思いました。
ビックリしたのですが、「食堂かたつむり」を読み始めた時、実は私も「パペットの晩餐会」の映画を思い出したんですよ!!
確か双子がお腹に居る時に観たのですが、言葉少ない場面の中、なんとも言えない幸福感がただよっていて、とても後味の良い映画でした。
「食堂かたつむり」の前半は、まさにそうですよね!
後半・・・グロテスクな表現に、引いてしまったのですが、o1211さんの解説を読み、なるほどな~と思えました。「輪廻」「再生」・・・うん、確かに!そう思えばスッキリする!
本って自分ひとりで読むと、そうしても偏った感想を抱きがちです。子どもが小学生の頃、PTAの読書クラブというのに所属していて、他の方の色々な感想を聞くと、また新たな発見もあって楽しかったです。読書クラブ感、ちょっと思い出しました^^

きよっちさん、なんとなく、これはよんで感想を書こうと思いました。
偏っていない人間なんていないですしね、さまざまに語り合うことによって、少しづつ深い理解ができていくように思います。
自分はがさつでわざと露悪的なことを言ってしまう癖があるようです。
学童でも魚の次は鳥をさばかせようとして顰蹙を買ってしまったこともあります。
この作家には、グロテスクなものも直視しようとする強い意志みたいなものを感じましたね。
また、気を張ってやっと書き込んだという感じがしました。
そういうことも含めて共感できましたね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/574941/55738904

この記事へのトラックバック一覧です: 食堂かたつむりを読んだ:

« 瀬戸西高祭夜話 | トップページ | フェンダーストラトキャスターとギブソンSGの比較。 »