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2012年9月 9日 (日)

パラダイムの転換

「天地明察」に随分とインスパイアされた。
中身はネタばれはいかんと思うが、いくつか、現代的かつ普遍的と思える示唆があったので、備忘的に記しておきたい。

凶作と飢饉は違うという指摘。
凶作は天災だが、飢饉は人災であるということ。
・・・・・・・
武士の思想は、軍事を根幹とした支配階級の発想で、下克上にこそ、その本質がある。
徳川の戦略は、徳川というひとつの家系の存続のための巧妙さをもち、大名の割拠を統治することに腐心する政権といえた。
忠義を説く朱子学もそれを補完するイデオロギーとして採用されたし、直轄領を作ったり、御家取り潰し、素封換え、参勤交代など、硬軟取り混ぜたそれぞれ大名への支配は、激烈な権力闘争だったといっていい。
しかし、武士は、生産には寄与しない。
農民からの収奪によって成立し、軍事的支配を専門に突き詰めた階級といっていいだろう。武芸とはそういうものだ。
農業生産は自然に支配されている。
凶作の年があるのはやむをえない。ただそのときは質素に、というだけでは百姓は生きてはいけない。
苛斂誅求を極めれば、飢饉が起こり、一揆が起きる。
徳川は、一揆が起きれば、その大名を取り潰してしまえとなるし、狙ってやっていた節もある。

山本周五郎の小説「樅の木は残った」もそうだし、白戸三平の「カムイ伝」にも描かれている。
その武士の時代に、そのことを考え抜き、民の生活が立つことを追求した大名の一人に保科正之がいる。
会津藩主、徳川秀忠の落胤。会津に飢饉なしといわれた政策。
イデオロギーとしては、徳川家存続一本だが、間違いを正す柔軟性が高い!
自藩内で起きた一揆の首謀者を処刑してから、この殿様は、民やすからしむを誓いとし、考え抜き、最後、百姓の生活を守るには備蓄が必要という結論に至った。
豊作のとき、備蓄倉庫を各所に作り、救荒的かつ更なる生産性向上への学問の奨励等を行う。
今では当たり前のような政策の実行だが、当時、様々対立があったであろうことは想像に難くない。それもほとんど江戸に詰めて、家老に任せての藩運営なので恐れ入りますな。
本物の殿様だったのかもね。
ここで読み解くことができるのは、武から文への時代の変遷があり、この譜代の大名が、この意味をとらえ、実行して見せたことにある。
パラダイムの転換とイノベーションというとドラッガーみたいでいやだが、そういうことである。
時代が戦を忌避し始め、太平の世が可能になり、その中から特異な才能が生み出されてくる。その才能は、また、長期的に、付加級数的に、生産性を増大させる。
真剣勝負を導入した囲碁の本因坊道策しかり、和算の関敬和しかり、そして、この大和暦の創始者、主人公安井算哲=渋川晴海しかり。
暦の精度を上げることは、自然を観察し、科学的態度を涵養することに他ならない。
これは、軍事ではない。文化だ。
社会と個人。このことも考えさせられたし、種の存続のために人の果たすべき役割とは何かと考えさせられた。
・・・・・・・・
俺?
俺は守山西城学童を立て直すために生まれた男なのかも・・・一仕事は終わった・・・
さて、人生の次なる一手は、どう打とうかなあ・・・ふふっ、今は間口の拡げどき・・・

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コメント

いやいや、名古屋を立て直す為に生まれた男ですよ!
そろそろいかが?

いやいや!学童崩れかけてるし!!
もう一度テコ入れしようか
OB様coldsweats01

武士の生活から、「道」に至るまで、細部まで描かれているのも、「天地明察」の面白さのひとつですね。
保科正之さんとの絡みの場面は、本当に色々考えさせられ、学ぶことも出来ました。
何故か私はこのところで、冷酷と評されながらも苦悩していた、晩年の天智天皇を思い起こしました。平治のためには間引きも必要と苦渋の決断を成し、己れが死に至らしめた人々の亡霊に苦しみながら、晩年は「時間」を意識し「漏刻台」を作った天智天皇。
無理やりかもしれませんが、春海たちが作った暦のルーツとも重なるかな。。。と。
今回は図書館で借りての読書でしたが、子どもたちも興味を示しているので、いずれは購入し、大切にしていきたいと思います。
「拍手」の神道的説明の部分も面白かったです^^

いやいや、ojさん。どうなっちゃうんですかねえ、名古屋は。先生方や偉い人に接するとぐったりしちゃうことが多いね。
避けて通りたいけどね・・・

いやいや、kuraraさん、そう簡単にはくずれないよ!
2世の時代ももうすぐだ。
出すぎず支える、見えないところで。がモットーです、

きよっちさん、暦の制定は、権力者が政治や宗教をつかさどる際の重要な要素だったんでしょうねえ。
天皇と武士、大政奉還されるまでずっと続いたある種の階級闘争であり、大名の争いも玉璽の取り合いという不思議な闘い方になる・・・共同幻想という言葉がぴったり来ると思うときもあります。
歴史に個人の息吹を吹き込むのは文学の重要な仕事ですね。
絶対生身の人間だったはずですからね。
若い人が読むといいかもしれないですね。指針になるかもね。夢中になるのは素晴らしいことです。

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