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2012年8月21日 (火)

こめ返し。

きよっちさん、コメントありがとうございます。

なんか長くなってしまったので、本文になってしまいました。

角松敏生の「girl in the box」は知らなかったですね。

彼、人気あったなあ。80年代サウンドのAORの日本版といった感じだったですねえ。TOTOとかシカゴとかボズスキャグスとかね。いまは、角松さん、製作サイドなのかなあ。

長男さんが、吹奏楽ですか!すばらしい!続けてください!

もともと、マイバンド、ブルーシーツは守山西城学童保育クラブの父母を中心に作られて、守山子どもまつりや卒業する6年生を祝う会専用バンドでした。
小学生、侮れませんよ。器楽部の子なんか毎日練習してますからね。
ジブリのアニメの挿入歌とか、ディズニーの「星に願いを」なんかリコーダーとアコーディオンとかとコラボでやったなあ。
OJさんともやりましたよ。チェッカーズのパロディで「メタボのリクエスト」とかTOKIOの「そらふね」とかね、楽しかったねえ。
子どもまつりも、ドラえもんのテーマとか「世界にひとつだけの花」とか、うちの父母会の、のりのり着ぐるみバックダンサーとともに、子どもらのステージの合間に、関係者の目を点にさせたました。ね、OJさん!
で、子どもたちも大きくなり、さあ、どうするといったときに、いろいろ紆余曲折はありましたが、普通のバンドとして続ける覚悟を決めて、今に至りました。
で、どういうバンドになろうかといったことを考えて、ジャンルはともかく、3ピースのシンプルな構成だけれど、深いグルーブ感を出したいなあと思って練習しています。でも、なかなかむずかしい・・・。
俺がギターで、長男がベース、ドラムは職場の同僚で、ボーカルが二城学童の母です。これからもどんどんライブをやって、経験をつみたいと思ってます。
自分は、貧乏人で、10代20代のころは、高価なエレキギターを手にするということは夢のまた夢でした。
エレキギターを始めて手にしたのは、多少可処分所得ができた、30過ぎてからです。今は、自転車やギターは自分の一部のような気がしてます。
最近気がついたんですが、自分は1942,3年生まれのギタリストにひどく惹かれているようです。
キースリチャーズ、エリッククラプトン、ジョンレノン、ジミヘンドリクス、ジェフベック、ジミーページ、ロビーロバートソン、デュアンオールマン・・・すごいビッグネームばかりです。
ブルースがヨーロッパに上陸し始め、ロックが誕生し始めたころの、英国の熱気。米国のゆり戻し。
この人たちの音楽が、転校ばっかりして、異分子だったけれど、一人で立っていたかった15から20ぐらいまでの俺の心情にあっていたんだと思います。
そして、彼らに教わったブルースマンたち。
B.B.、アルバート、フレディの3大キング、ロバートジョンソン、ブラインドブレイク、サンハウス、ロバートロックウッドジュニア、ライトニンホプキンス、ジョンリーフッカー、マディウォータース等々・・・
「泣かないために笑う」。
アフリカ系アメリカ人として、差別や迫害を受けながらも、どこか骨太の諧謔味がある、このブルースという音楽形式は、エンターテインメントでありながら、芸術として昇華して、人の心に響いたと感じています。
それは、今のポップスの源流にあたり、ボディトリーやB.B.キングの言葉、「blues is roots,enjoy the fruits!(ブルースは根っこ、その果実を楽しんでくれ!)」のとおり、さまざまな形式、楽曲が生まれ、もはや、現代では、音楽はあって当然なものになりましたよね。今は、またシンプルな音に回帰しているように感じます。
このblogのタイトルもこの言葉からもらいました。
・・・・・・
俺らはなんでもやるよ!ブルースもロックもポップスも。アコギも弾きたいし、ジャズにも興味あるし。
でも、やっぱり日本人だ。日本人としてもっているものはある。
今は、楽曲も百花繚乱で、たやすく手にも入りますし、随分楽しめますね。
でも、俺は自分で演奏していたいですね。プロが金をかけた厚い音も、なんとかね、シンプルなバンド形式にして演奏したいですね。その変化が面白い。できるようになるまでが大変ですけど。
そして、先人たちへの畏敬の念をもって、根っこを意識していたいです。このバンドという形式も、近代ブルースの父、マディウォータースがシカゴではじめたのが発祥です。
・・・・・・・
ちょっと前にやったライブ映像、貼り付けます。よろしかったら見てください。
ビッグビルブールンジーという人の古いブルースソングのアレンジです。

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コメント

o1211さん、雄弁だねぇ。
あんなこともあった、こんなこともあったと記事を読みながら懐かしく思い出しました。
僕が色々やらせて頂いたのは「人生こうやって楽しく生きるんだ!」という娘に対するメッセージだったような気がします。
親の嬉しそうにはしゃいだ姿を見るのは子供としてもきっと嬉しいことだろうと…。
でも、そんなことよりとにかく自分自身が楽しかったんですけどね。

言葉がだだ漏れになるつぼを押されてしまった・・・
寺山修司の「事象に多情多恨たれ。」という言葉はこういうことを言うのかな・・・
若干こどもたちは引き気味でしたが、やってるほうは楽しかったなあ。
セーラー服着たり、半裸になったり。何処かで何かが続いてますね。

o1211さん、コメントのお返し、こんなに素晴らしい本文にしてくださって、ありがとうございます! 
o1211さんと、バンドのヒストリー、物語を読むように、じっくり読ませていただきました。お子さんたちとの触れ合いからバンドが生まれたというのも、とてもあたたかいお話しですね。
ライブ映像も見せていただきました!カッコいい大人の方々が作り出す音楽の中に、若い長男くんが素敵なエッセンスとなっていますね!羨ましいほど素敵な時間を楽しんでみえることが伝わってきました♪

長男は大学に入って初めてトランペットを手にしました。教育系の大学で、音楽科の学生が半分以上の吹奏楽部で一から学び、3,4年の演奏会では何とかソロも。

演奏会は、堅いクラッシックから、ジブリやディズ二ー、洋楽やロック系、そして流行曲まで幅広いジャンルの曲を演奏し、一瞬たりとも飽きさせない楽しい演出で、毎回ラストは涙・涙となるほど感動させてもらいました。

私も・・・こちらで言うのは恥ずかしいのですが、音楽は好きで、いつかはゴスペルを歌いたいと思っています。
これからも いろいろ教えてくださいね!また楽しみに読ませていただきます^^

きよっちさん、普通、自分の子どもとバンドを組むという経験はあまりできないかもしれません。
あまり会話はないのですが、不思議な共通感覚はあります。どうくるのかわかるのです。
社会性は乏しい奴なんですが、この音の太さは贔屓目なしにやるな!という感じですね。
長男さん、素晴らしいですねえ!また仕事や仲間を通じて、新しい音楽のドラマが生まれると思いますよ!練習したり、集まったりが社会人は厳しいんですけどね。是非続けてほしいです。
きよっちさんご自身も是非トライしてみてくださいね。
ブルースとゴスペルは神様をめぐって時々けんかする兄弟みたいなものです。
いいものは心に響きますし、あこがれますよねえ。
知り合いにゴスペルやっている方がいるんですが、先生が結婚されて、外国にいってしまいました。「私たちを捨てて・・・」といってましたが、彼女、どっかで唄うチャンスを見つけてくるかもです。ねたつかんだら、またアップしますね。
思いはかないますよ!

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