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2012年6月24日 (日)

本望と悔恨

俺は今シーズンはじめて、師匠が流されて亡くなった水量りというポイントに立った。
ここは、もう使われなくなった、対岸から切り出した材木をつるして運ぶロープが張られ、土台がコンクリートで固められており、足場がいい。足が弱かった師匠が最も好んだ場所だ。

取り込みは苦労する。太目の糸で抜きあげるか、幅20cmほどの水際のちょっと出っ張った部分まで迂回していくか、そこに飛び降りるしかない。
今までは、大概抜けた。
対岸の少し流れがゆるくなった岩の周りで、本流育ちのちょっと伸びたあまごがぽんぽんと釣れるときがある。今俺が使っているシマノの「原点流」という竿は、師匠が定年退職したときに、皆で資金を出し合って買った、退職プレゼントの品だ。
そこそこの魚を抜いてしまえる力はある。魚の重みが胴に乗る。このポイント向きに俺が考えてプレゼントしたのだ。
喜んでもらえた。
「夕まずめの目印が見えなくなる寸前、ここは、今までどこにいたのかというぐらい魚が出てくるよ。」
とこつを教えてもらったことを思い出す。
その師匠が、このポイントにこの竿だけ残して、下流で水死体となって発見された。
そして、ばたばたと葬儀をし、最後に遺品の形見分けをした際、ご家族の了承を得て、この竿をいただいた。奥様の「使ってやってください。」の言葉が思い出される。
で、まず黙祷し、第一投。
最初は、メインの流れの手前。反転流にのせながら、メインの底波に針を送り込むイメージ。
奴はいきなり来た。
こんとあたって、がっとあわせた。反射的だった。
どどっと下流に走る。竿をためる。何とかとまった。
糸が0.2号だ。絶対抜けない・・・どうしよう。
相当な力だ。ポイント中を走り回る。姿が見えない。今は耐えるしかない。
少しづつ、足場を見ながら、取り込み位置を探す。
魚はまだ見えない。
すっころんで、ひざをしたたかに打つ。いてて!でも魚はついている。ああよかった。
見えた。いい型のあまごだ。
しかしすごいパワーだ。竿がしなって糸鳴りがビュービューいっている。竿の胴に乗り、どこまでもしなる。この竿は本物だ。
ようやく、弱ってきた。
しかし、これでは取り込めない。たも入れには水際まで行かねば。
もうあの出っ張りに飛び降りるしかない。
えいやと飛び降りた。滑った。
下半身が水につかる。
右手に竿を持ち、左手で岩にしがみつく。何とか体勢を立て直し、魚を寄せる。たもいれ。
よし、やった。
もう全身がくがくで、手足傷だらけで、結構痛い。
激闘だった・・・「どうだ!師匠!」心で叫んだ。
「あほ!」と渋い顔をした気がした・・・

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コメント

大物ですね!
師匠と二人三脚で釣り上げたように読みました。
コレは特に自分が食べたいとか釣れた経緯とかで思い入れも変わってくるものなのですか?

釣りきち三平を思い出しました。

ojさん、このサイズだと塩焼きはちょっとしんどいかなあ。自分が食べたいというよりどう料理して食べさそうかなあと考えています。
思い入れというより山と人の不思議さを感じる。

sinoさん、そうかもね。
なぜこの竿でここのポイントに立つか、いつも自問自答しています。

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