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2012年5月15日 (火)

石徹白、山の恵みと置き去りの心1

カルヴィラいとしろのホームページを探ってみたけど、なくなっていた。
なんで?HP管理人がいなくなってしまったのかな?なにか状況が変化していることを感じた。一抹の不安・・・

スキー場もやめてしまうということだし、生活圏としての石徹白地区は、どのように変化していくのだろうか?
石徹白人」というタイトルの公式ホームページがあった。石徹白地区は白鳥町にずっと編入されていたが、福井側からの人が多いし、今後、どういう扱いになっていくのかな?
このHPによると、この土地の文化の礎は、白山信仰にベースがあったんだ・・・あまり意識がなかった。
修験者の出入りと、ある種の治外法権的な、名字帯刀が許された宿坊が、中世的な独特の気配を醸していたのだと思う。なんとなく雅な気配があるんだよねえ。
ついこの間まで、桧峠は険しい道で、隔絶され、雪ぶかいところだったと思うね。
また、ウィンタースポーツと夏野菜が主な産業だったか・・・
一時期300戸あった戸数も今は120戸あまり、過疎高齢化は否定できない・・・村をどう起こしていくのか?軽軽なことは言えないけれど、いい方向に行ってほしいと願う。
カルヴィラいとしろは、竹下首相のころの「ふるさと創成金」で作られた施設だったとおもう。今の西城学区住民感覚で言えば、泊れる、飲めるコミュニティーセンターといったところかな。

当時、定宿にしていた藤屋の女将さんから、藤屋のご主人が管理人をしてる関係で、カルヴィラいとしろを紹介され、裏山とあの小屋に惹かれて、宿泊し始めて何年もたつね。定点的にこの地の変化を見てきたように思う。山の手入れをされていた藤屋のご主人はお元気そうだった。

Hannmoku

ほぼこの山菜ツアーが今年度の事始であり、また、夏のバザーの魚釣りが始まる・・・いよいよ始動だあ。

Sekkei
まず、今年感じた変化の一番目。
峠川の道の反対側の山が丸裸になっていた。
昨年、峠川のキャッチアンドリリース区間の少し上流側で、意味がわからない河川工事と林道作りが始まっており、目的がわからなかったが、この木の切り出しが目的だったか・・・
この峠川は魚の繁殖目的に禁漁区、キャッチアンドリリース区間が設定されており、あまりに素人くさいフライマンが多い。これなら、釣られないね。
しかし、この山の無残な感じだと雨のたび、土砂が流入し、産卵場所を埋めてしまうし、砂泥が珪藻類をはぎ、川虫が激減してしまう。せっかく、禁漁にしても、環境破壊が進んで、水生生物が根こそぎいなくなってしまう。釣り師なんか自然にしてみれば、屁でもない。一台のブルドーザーが罪深いのだ。
ウィングヒルスキー場ができた時の峠川の工事濁りのような変な川の色は忘れられない。
2,3年まったく釣れなくなってしまった・・・
下草がつき、土砂の流入が収まったときの復活の仕方は劇的だった・・・意外に自然の復元力は強い。
しかし、土砂は何年も下流の石徹白のダムのそこに溜まっている・・・
あの山の感じだと、下草が生えるのは早い。夏までには大きな根っこのものは無理にしても、集中豪雨でなければある程度耐えられると思うが、目的が何なのかわからない。開発か?植林か?
俺は、ぶなやミズナラなどのこの辺のもともとの原生林を植えるべきだと思うのだが・・・

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コメント

開発って言葉は今や前進ではなく後退の意味に聞こえますね。
山の恵み、川の恵み・・無くしてはならないです。

ボクはカルヴィラの将来だけを危惧してましたがo1211さんはもっとスケールの大きな事を考えてましたか・・。

ずいぶん長いこと来てますからねえ。日本のある意味縮図だと思います。
考えさせられることが多かったですね。
自分が考えていた「豊かさ」が、ojさんに伝わったことがうれしいね。
今回はちょっと文章長いです。よろしくお付き合いください。

私のイメージ、全くの私見ですが、石徹白は福井の文化圏で白山信仰の岐阜県側奥美濃のゲート。5月の氏神様(白山ですが)の祭礼で振る舞われる御神酒が福井大野の一本義であることからも否めないと思います。石徹白のご神木「大杉」を護りながら、山深く静にくらし続けた。高度成長時代奥美濃の村々がスキー場建設に明け暮れたときも、石徹白はスキー場をつくったものの、控えめなPRで北斜面を維持してきた。その控えめな開発と白山信仰があって今でも渓流釣と山菜が楽しめる貴重なスポットであり続けている。中京圏では白山信仰より御嶽山信仰の方がメジャーであることも石徹白が石徹白であり続けた要因の一つかなとも思います。
大切にしなければならない貴重な地区だと思いますが、文化保存と過疎と生活と開発、これらが上手くリンクできる方法はないのでしょうかねえ。

sinoさん、達見でございます。
美濃はもともと日本海側の人々も多いのです。徳山もそうです。門入という地名が戸入という地名より上流側にあるのです。石徹白は九頭竜川水系ですので、まったく越前といっていいかなと思います。山岳信仰の系譜は各地様々あると思いますが、御嶽山信仰の方が確かに中京圏を席巻してますね。浄土宗と曹洞宗はどこかに関係しているのかな?
石徹白は歴史や自然の面白い話はいくつもあります。平家落ち武者伝説やらツチノコ目撃やら。
近年のバブルの時代はアルペン系や名鉄系が土地を買いあさったり・・・
まだまだ知らないことも多いのですが、定点的に見てきましたね。
山棲みの厳しくも穏やかな生活や自然をどう守り、価値のあるものとしていくか、重要な観点だと思いますね。

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