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2012年4月12日 (木)

JAZZ的ギター論とblog論

375さんのご質問に、本編にてお答えします。

一言でJAZZといっても、スウィングもあればビバップもあるし、ビッグバンド形式もあれば、3ピースもあります。
また種族も吹、鍵、弦、打、声それぞれ自己主張があり、一人必殺といった方がいいくらいの百花繚乱振りなのです。
俺はギター族なんで、チャーリークリスチャンとウィスモンゴメリーがやっぱり好きです。
大御所すぎで当たり前の名前なんですが、やっぱりいいものはいい。聴いても飽きないのです。
モード奏法とか、オクターブ奏法とか興味しんしんだね。
jazzの場合、ソロをとる人がかなり自由に弾いたり、吹いたりするのを見るとかなりかっこいいですよね。
それには、キーと使用スケールとテーマがかなり重要な要素です。
一応俺もギター隊のはしくれです。
ソロもリズムもきちんと取れるバランスのいいギター隊でいたいですね。
今、練習の時、基本的なツーファイブから代理和音の使用、モード奏法を意識した単音をちょっと意識してギターを弾いてみています。キーAならエオリアンスケールとかね。ちょっと風変わりになるのです。
後は、デミニッシュスケール。
ものすごく浮遊感がでます。どこかで使おうと思ってますが、なかなかね。
今までやってきたことの積み重ねしかできないのですが、違う要素をいれておっ?と思わせることをしないといかんなあと今感じているのです。その一つの要素がjazzギターで、吸い込んだものをどう吐き出すかかなあ。
できるできないとか受ける受けないとかというのとはちょっと意味が違うんです。
音楽に向き合う姿勢は、練習をしてその楽曲に対して深い理解をしていくことと、自分なりに変化していくこと、またバンドメンバー及びお客さんに対する説明責任を果たすことに他ならないと思います。
俺は向き合う姿勢が一番大事だと考えています。
blog論について。
簡単に書くというのが一番難しい・・・
概念的にいいますと、インターネットの発展で、webサイトがかなり発展して、そこで日記をつける人が増え、それを特化したのが、blogというものです。
名前の方は「Web」と「Log」(日誌)を一語に綴った「weblog」(ウェブログ)という言葉が誕生し、略して「blog」(ブログ)と呼ばれることが多いということですね。ただし、blogという言葉を嫌う人もいるようです。本質を表現していないということで。
「プロフ」という言葉も良く出てくるのですが、これはweb上での自分の紹介のことですね。「プロフィール」の略語だと思います。和製英語だと思います。そこが一緒になっているのかな?「プログ」という言葉は。
ちなみに、web上での自分の分身を「アバター」というのです。映画の「アバター」もここからきています。
現在は、更に短いtwiterが話題だし、facebookやmixiといった会員制のソーシャルネットワークが発展し始め、blogの持つ簡易さより、更に軽く、かつ小さいコミュニティを形成する方向にいっていますね。
facebookの実名公表ネットワークは革新的です。しかし、日本の場合、ビジネスライクになりつつあるなあ。
mixiはコミュニティとか日記が会員限定公開なのが、いいのか悪いのか・・・コミュニティも趣味人のイベントお知らせ連絡にはいいが、語り合う前に行為そのものが大事かなあと思ってしまう。
ojさんのyahooblogは完全にyahooに取り込もうとしたり、yhooの中でコミュニティを作らせたり、そのコミュニティに誘導したりさせる機能が多いと感じます。
そしてblogの仲間内で気を使いすぎて、blogをやめてしまう人もいるらしいですね。
はじめてみるとわかるのですが、コミュニケーションツールとしての有効性と不毛性、両方感じますね。
広く軽く浅いのはいいけれど、人間同士はそうはいかないし、喧嘩もあれば感動もある。金品をとるだましもあれば、卑怯者もいる。食らわされないとわからないことがたくさんあり、きれいな上澄みだけすくおうとしても二重のうそになるだけだと思いますね。基本、人間関係なので、トラブルは避けては通れないです。本音で語るしかないです。
また、中毒になると、時間がどれだけあっても足りません。その割に成果物が少ないです。
それでも魅力はあります。
blogのよさは表現力と簡単さにつきると思います。
実に簡単にサイトが作れます。
動画サイトや写真の貼り付け、店の紹介から、趣味の公開まで、ツールがたくさんあるので、表現したいと思っているものがある人にとっては福音のようなシステムだし、基本お金かからないです。
そして、日々の更新やカテゴリー分けといった分類もでき、見てもらえるということがものすごく大きいです。こちらも、見てもらうこと前提に展開できます。
自分は、文章を書くのが嫌いじゃないとは思ってましたが、みながどう受け取るかは不明でした。
今何人かの方が定期的に立ち寄ってくれるので、あながち無意味ではないなあと思っている部分もあります。当初の目的とは離れつつありますが。
自分はもう少し文章を書く修練を積みたいですね。ブロガーの文章とは毛色がちょっと違っているかもしれませんが。
一言で、blogを書くといっても、ものの見方や文章による表現方法、ここが薄いと続かないし、それもすばやく書かないと、訳わからなくなるし、やっている意味が見えてこなくなります。
自分が何者で、何がしたくて、人の意見を聞いてどうしたいのか、ここをはっきりさせないとだめかなあと思います。
まあ、そんなこんなで1年経ちました。
バンドも、不十分ながら、なんだかんだホームページとブログを2本持つバンドになりました。続けていけばまた何か出てくるのかなあと思いますね。

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コメント

解説ありがとう!

なるほど!
絵日記を公開するってことはやはり「見せる」を意識しますので非公開の絵日記とは内容が変わってきますよね。

sinoさん、解説になっているか・・・・難しい。

ojさん、永井荷風の日記は、公開用と自分用と二つあるのです。
公開用日記なんかけるのは、ぜいたくですね。気分は作家ですよ。

解説ありがとうございます。
このブログは毎日チェックしています。

凡人でもわかる程度の難解さが好きです。

読んでいると、少しだけ賢くなった様な気がします。

言葉や語彙や、知識や・・・

375さん、いやあ、読んでもらってありがとうございます。励みになるますね。
自分でもなんでこんな文章になってしまうのか、よくわからないです。まあでもけっこうまじめに考えてるかなあ。高校生読者もいるしねえ。
また何か気がついたらコメントください。

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