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2012年1月19日 (木)

盲目の鴉

土田隆夫の「盲目の鴉」。

読んでみた。

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田中英光という作家の評伝を依頼された文芸評論家でもある大学教授が、暴力事件を起こした田中を取り調べた警官に取材に行く途中、姿を消した。

後日、左手の小指と「盲目の烏」という言葉を記した紙片がポケットに入った上着が発見される…

主人公として、いわゆるシリーズものの千草検事が解決に当たるのだが、結果的には犯人あてということではなくて、事件の全貌を記すという系統だね。

構成が巧みで、筆力が高い。伏線が非常に多く、その伏線だけでけすごく楽しめる。

最終的に「砂の器」が入ったような結論は映像的ではあるが、何か地味な印象があるのは、すごく文芸調なのでTV的でないという部分もあったのかも。

今読みなおしてみると、当時の「戦争の傷」がいかに深かったかに思いが至る。

俺はストーリーより導入部でやられてしまった。

最初に行方不明になる大学教授が、出版社に寄稿した文章が出てくるのだが、これが出色だと思う。

その寄稿文では、彼は、太宰治の墓前で、自殺した瞬間の田中英光を目撃したことになっているのだ。

太宰の命日は桜桃忌。

田中の命日を、野狐忌と彼は個人的に名付ける。彼の作品からとったとのこと。

田中英光。

作家。代表作「オリンポスの果実」。

戦前のロスオリンピックのボート日本代表選手で、大手企業に就職。4人の子をなし、不自由なき生活と思われたが、いつしか敬子という名の貧農出身の娼婦にいれあげ、アルコール、薬物中毒となる。

文芸としては太宰治に師事し、いくつかの小説を上梓する。

太宰が、玉川上水で心中したあと、彼の墓前で、頸動脈を切り自殺。

田中が何を見て、なぜ壊れていったか。それは、この小説の全体のトーンにかかるし、土屋氏のモチーフそのものなのかも。

この小説では、田中の自殺を目撃した子どもは彼一人ではなく、「さなえちゃん」と呼ばれていた、進駐軍相手の娼婦の子どもの女の子もいたのだが、この子との幼い性の交渉が、教授の女性遍歴の原因ともなり、カタストロフィを招く結果ともなっていく…

土屋氏は先だって他界され、作家生活は60年になんなんとする方である。

戦後から現代に至るまで、社会派推理作家として、世の中を見続け、ご自身も様々なご経験をされたことと思う。

作風も変転したであろうし、ここまで来ると、「作為」の技がご自身ということになろうか。職人さんである。

俺の親父が小説家では一番と評価していたのは、どの部分だったのか?

ひょっとすると、この小説に描かれていたような戦後性だったのだろうか…

田中英光は、親父より6歳年上なだけである…

親父のややデスペレートな死に方に若干の共通点を見出してしまう。

少し、田中英光、見つめてみようかな…

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コメント

僕はその大事な伏線をよく逃すんですよ。
作者泣かせの読者ですね。

物事に何かを感じるとき、必ず自分の中のシーンとダブらせています。
特にそういったものは思い入れも強くなりますね。

神細部に宿り給うで、伏線が上手な作品は読ませられてしまう。複雑すぎるとハリーポッターみたいに挫折するおじさんおばさんが増えますが。
伏線に主題があるという感覚があったね。
これからこういった文芸作品の傾向は変ってくるかも。
ワーキングプアの私小説や引きこもり妄想系が主流かなあ。欲望に駆られての犯罪というより、衝動犯罪に説得性がある。
戦後性と現代。かい離しているようでつながっている。

小説でも映画でも伏線を理解するかどうかで、楽しみ方も深みもまったく違ってきます。しかしプロの作品は複線が読めなくても十分楽しむことができ、そこが読める人には「より」楽しいものとなるように思います。
o1211さん、読んでますねえ。

いやあ、そんなことないですけど、こういった推理小説のライナーノーツは言っちゃいかんので難しいなあ。ほんと古典文学や、こういったちょっと前の推理小説を読むと昔と印象が違いますねえ。
戦後の文学はずっと続いているとほんと思いましたね。好きな作家もたくさんいます。
回し読みの会もいいですね。

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