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2011年9月13日 (火)

物は捨てるな

森永卓郎氏のものを捨てるな!という新聞記事はおもしろかったなあ。

最近、断斜離とかいう整理術が流行っていて、捨てる勧めをマスコミはよく取り上げていて、妙に説得力があったけれど、物を持たないことを薦めるのは、使い捨て可能な都合のいい労働者を作るイデオロギーだと喝破されておった。ははー、お説のとおり!

俺個人は、何年かに一度、狂ったように物を捨ててしまう癖があるのだ。俺は自分で、脱皮と称していたが、これは、転校生として、過去を断ち切るための自己防衛で、郷に入っては郷に従うことをせざるを得なかった習慣なのではないかと最近思い始めた。

森永氏の言うように、未来は過去の蓄積の上からしか生じないし、新しい気づきは混沌としたものの中から産まれる。そして、いつ、何が、自分たちに必要になるかはわからない…

俺が上飯田の公団住宅に住んでいたころ、隣接するダイエーは通勤経路で、買い物はなんでもここでしていて、こりゃあ便利だ、うちのでっかい冷蔵庫だあ!と思っていたんだが、ふと気がつくと、給料みんなダイエーに吸い取られてるんじゃん!と疑念がわき、頼ってしまうとまずいんじゃないか…と感じ始めた。

そのあたりから、引越したいと考え始め、守山区へ引っ越したのは、それだけが理由じゃないが、この仕組みから脱却したいと思ったのは事実だ。

経済学用語で言うとストック&フローというのかな、在庫の管理のことだが、企業が在庫を抱えてしまうとコストがかさみ、関連企業の倒産といった危機を切り抜くためには、なるべく在庫は持たないほうがいいという発想になるし、労働者の在庫(!)も持たないほうがいいとなる。

最たるものが、トヨタの看板方式であり、ジャストインタイム方式の納品システムだし、パート、アルバイト、季節工による雇用形態だろう。

確かに、この発想と近いな。整理術の発想は。

よく考えてみると、ものすごく人間を物としてみているし、道路や下請け会社を倉庫代わりに使っているだけで、自分のところだけ生き残ればいいという考え方があるように見える。

この発想は、今回のような、本物の危機については、逆にあだになってしまう危険がある。

トヨタは心配しないでも生き延びるが、真似して、ストックを持たないフローだけの家族は、最初の何週間かそれこそ、食べ物もない生活に耐えねばならず、ダメージが大きくなるだろう。

そう考えれば、人々の生活は、拠点という言い方がいいのか、ストックを持ちながら、人間関係、仕事関係を結んでいくのが当然であって、決して、会社の都合のいいようには、生きては行けないということだと思う。むしろ、会社が働くものをもっと考慮すべきだと思うよ。

でなければ、デフレスパイラルは克服できないし、単純な話だが、生産者は消費者なんだ。マスとしてとらえたら、表裏一体である。

よくぞ、森永氏、指摘くれた。

しかし、森永氏も信じちゃあいけないよ。

流行の裏をつくのが彼の仕事であって、信者が増えれば彼がもうかるし、ゴミ屋敷が増える一方になるかもね。

物をいったん断ち切って、考え直していくことも必要だと思う。

人間、バランスが大事ですな。

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コメント

ホントその通りですね。
人間、バランスが命。極端なのは良くない。
でもやはり人をモノとしか見ない世の動きだけは正さなきゃいけませんな。

ほんとですね。働くということは自ずからと周囲を豊かにしていくものであってほしいし、人を出し抜いて、かすめ取ることではないはずだと思ってます。

転勤族のお宅はすっきりしているって言いますモンね。私も捨てない方だな、捨てるときは突然。 3年使わなければ、もう一生使わないだろう、だから捨てなさいって。でも、たいていのものは買うときにかなり吟味して、用途に合った気に入ったものを買うので、それぞれに愛着があり捨てられません。

昨夜はお疲れ様でした。そう、やはり歴史は積み重ねだし、新しいものは、蓄積の上にできるものだということを再認識しました。当倶楽部の方向をどう打ち出すのかも今までの実践の上に立って考えれば、出てくると思いますよ。

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