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2011年9月 6日 (火)

ソーシャルビジネスの印象

TVのニュースで、バングラデシュの農村地帯で、大学進学を希望する高校生に、予備校の授業を撮影し、PCで授業をするという事業を立ち上げている日本人の若者のレポートを見た。

ソーシャルビジネスという言葉がキーワードになっていた。

この言葉は、ノーベル賞を取ったグラミン銀行の総裁が作った概念で、小口融資をして、途上国の援助ではなく、自立をサポートする仕組みのことを指す。

俺流に言いなおすと、「井戸を掘った人を忘れるな。」という中国のことわざがあるが、水を分け与えるのではなく、井戸の掘り方を教えるということだよ。

彼はインタビューで、「ボランティアとか参加してみて、違和感がどうしてもぬぐえなくて、ソーシャルビジネスという言葉を聞いたとたん、ピンときました。助け合う仕組みはこれだと感じたのです。」と答えている。

手始めに、学習意欲が高くても、貧しくて進学できない農村部の高校生に、有名講師を撮影したDVDを使ったPC授業をやってみたところ、7割近くが合格してしまったという予備校の宣伝みたいな効果が出たということだ。

自分が体験した予備校の授業を、バングラディシュで応用してみた、ということかな。着眼点が素晴らしい!

コストについては、ビジネスとして成立させるために、謝礼金や授業料をきちんと取るという方向を打ち出している。

これは、ただにすれば学生の甘えが出るし、講師謝礼がないと誰も講師の引き受け手がいなくなるということを防ぐ意味があると言っている。もちろん格安だよ。

どっかの某市長に爪の垢を煎じて飲ませたいね。

俺は、本来、ビジネスというものはすべからくソーシャルビジネスだったと思っている。

いつのまにか、ビジネスは利己的、拝金主義的で、どんな手を使ってでもライバルをつぶす資本主義の権化になってしまった。

俺のイメージでは、ボランティアはその贖罪意識の裏返しなのではないか、という風にとらえてしまう。これは、人工国家、アメリカ合衆国の資本主義およびそのイデオロギー、キリスト教的発想だと思うが、どう?

この世界は、もちろんキリスト教的世界も一部であるが、もっと多様である。日本だって、これだけ自然と共存し、独特の世界観を持っているではないか。

俺は、この若者に未来を見る。

だが、バングラデシュの予備校の経営者は彼をつぶしにかかるだろう。あらゆる手を使い。

そして、彼もその闘争に怒りに燃えて参加し、いつの間にか、血塗られた巨人になってしまうのかな。それはないと信じたい。

俺は、大きな会社に就職してとか、公務員は安定していてとか、というモデルが壊れている以上、若者はこういう感じで社会にかかわってほしいと思う。

何とか食えればいいじゃないか。好きなことと人さまの役に立つことを両立してほしい。いいものは人はわかってくれると思う。

さておじさんは、どうサポートしようかな。考えどころだ…

おばさんには、ばかなこと言ってないで働けと叱られそうだな…

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コメント

発想がすばらしい。
謝礼金や授業料をとるってのは正解だね。
趣味でも何でもそうだけど「元をとったろう」という本質の部分が人を成長させるしその中で楽しみ方を覚えるのでしょうね。

民間と公務、仕事とボランティア、対立的に言われているけれど、連続したものだと思う。今後の自分の展開のヒントのように感じました。

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