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2011年8月 2日 (火)

発句を解説

ojさんの質問にお答えしますと、ほとんど思い付きです。第一作と花見の歌がつくりおきのものです。花見の歌は季語がちゃんとしてないね。

俳句は、takuの小学校の担任の森川先生が授業に取り入れていて、奴らは、毎日発句していましたよ。なんでもかんでも575にするのは、けっこうおもしろかったので、俺もけっこう真似していました。

俺の釣りの師匠は、高浜虚子のことが好きで、釣行車中よく語っていましたね。また自分の高校の現国の先生の主催していた俳句の会の幹事をしており、俺も事務をよく手伝わされました。スキャンや入力でデータベース作ったり、検索プログラム作ったり…無理やり読まされていたようなものですね。

俺は、漱石とか司馬遼太郎とか読んでいるうちに、近代の俳句革新運動の中心人物と思う正岡子規に興味がわいてきて、病床六尺や河東碧五桐の子規の伝記なんか読んでいました。俺は子規のぽんと投げ出して、ぐるっと眺めるような俳句が好きで、脊椎カリエスで寝たきりになりながらも、見える範囲、聴こえる範囲のものを定着させるしぶとさに、ぐっときていました。

後は、茂木健一郎氏と黛まどか氏の対談がおもしろかった。発句の発想法を脳科学の観点から見るというのが眼目で、そこから関係性の気づきということが重要と感じました。いわゆるアハ体験ですな。

で、ちょっと俳句の変化を解説してみます。

たとえば、sino師匠に気に入ってもらえた、「前衛や五体投地の蝸牛」という句ですが、最初は写真を見て、「タックルをくらわされつつ尺を取る」と思いついたのです。

でも、季語がねえなあ。尺取虫はあったっけ?とか考えてデジタル季語をめくっているうちに、じりじりと前に進むラグビーのフォワードのイメージが、カタツムリになってきました。これが夏の季語にあったわけだ。で、「タックルをくらわされつつ蝸牛」としました。

うーん、しかし、「くらわされつつ」じゃあ犠牲的な感じが出ねえ。「くらってなんぼ」にしようかな。でも、これじゃあ、ちょっと崇高な使命という感じじゃねえなあ。もっときついぜ。

ここで「五体投地」という言葉が浮かんだんです。ここが関係性の気づきなのかな。

ねずっちのなぞかけとまったく一緒です。俳句は特に、関係を感じるモチーフの引き出しを多く持ってないと、句が痩せていると感じられます。

この句では、アラーの神に対して、地に伏しながら祈る献身性と、ぶったおされてボールをリリースしながら、味方を待つフォワード陣の献身性がかぶって見えた。共通点を意外なものに見るということかな。

で「フォワードは五体投地の蝸牛」と詠んだんですが、ここはラグビー用語を使うかなあ…ちょっと迷ったんですが、ここは、ラグビー用語からある種の政治用語の「前衛」という言葉を使ってみたくなりました。で、切れを入れて、「前衛や」とする。

これで、「前衛や五体投地の蝸牛」。

けっこう苦労しました。

思いついて、そのあとに、言葉をいじるのがおもしろいと感じます。この句もまだ変化するかもです。今俺の持ってるものが、この句に出ているとは思います。

それから、ポタリング、楽しみですね。

今までなかった楽しみ方です。

写真と俳句は相性がいいと思うけれど、どうなるかな?

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コメント

ほ〜ひたすら感心です。
このような私ごときにここまで親切に教えていただきましてありがとうございます。
私が意識するところは5-7-5の限られた17文字をいかに30文字40文字に見せるかに尽きます。考え方間違ってますか?
早く一緒に吟ポタしたいですね。

まちがってないよー。どんどん行きましょう。俺も調子上がってきたよ。

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