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2011年5月 9日 (月)

高桑信一氏の源流遡行記

高桑信一氏の源流遡行記をはじめて目にしたのは、“95′渓流”春号だった。

渓流釣りにどっぷりはまっていた当時、あの雑誌は新鮮だった。

多治見の2Mの弟子として、奥美濃石徹白で、郡上釣りを基本とする本流釣りの修行を積んでいた俺には、源流遡行で渓に泊まるという世界は、憧憬と同時に困難さも想起され、いつかは…と思いながらずるずるとここまで来てしまった感が強い。

文章が特に印象に残っている人は、渓で飲みまくってほとんど変態じみている吉川栄一氏と、ノリがXゲーム的で、危険な遡行をも楽しんでいる風情の東京マタギこと深瀬信夫氏、岩魚の種の保全、自然増殖のための源頭放流の実践者五十嵐新三氏などなど、渓流釣りと一言で言っても様々な楽しみ方、関わり方があり、奥が深いなあと目を開かせてもらった。

その中で高桑氏は、山岳会出身らしく、渓詰めから登頂を目指すといった山登りへのこだわりをもち、釣りは、食糧確保の観点からの岩魚釣りという明確なコンセプトの持ち主であり、これは、なぜ釣りをするかという問いに対し、自分の中にない答えとして、刺激を受けたものだった。彼の奥利根の山塊をはいずるように巡りながらの自己の内面に沈潜した文章に接すると、丸山剛氏、津留崎健氏の写真とともに自らも彷徨している気持ちになれた。

当時はサラリーマンと二束のわらじだったと思うが、退職後、プロの奥利根のガイドとして生きる決断も興味深い選択だなあと思っていた。

「山の暮らし、山の仕事」の連載が始まったのは、翌年ぐらいだったかな。質実剛健に山で生きる人々を活写し、その暮らしを淡々と、しかし、情熱をこめて伝えていこうとするその文章に、随分と魅せられた。

いいリンクはないなあ。(そりゃそうさ!山暮らしだもの。)

今回、単行本化された「山の暮らし、山の仕事」を図書館で借りてきて、当時熱心な読者だったことを思い出した。ゼンマイ採り、サンショウウオ採り、岩魚の焼き物、山小屋経営、山岳救助隊などなど。山にまつわる暮らし方と流儀を随分と考えさせられた。文化的には少しずつ淘汰され始めており、後継者もなかなか現れず、したがって、高桑氏の文にも何とかならないかという祈りにも近い願いが行間に散見される。

この文化こそ、「エコ」だの「地球に優しく」だのといった環境ビジネスの対極にある、山を守る流儀である。当然山棲みの不便に我慢ができなければいけない部分もあるし、山や自然に一体化することへの喜びもあるのだろうなあ。彼らの生き方を見聞きすると、俺には偉そうなことはまったく言えなくなってしまったよ。

今こそ、そういう自分でいたい。

俺自身は郡上八幡の釣りの文化に随分魅せられて、渓魚や鮎の生態や釣具、その釣法など文献を見たり、実験したりしてたなあ。いまだその道に通暁できず、悪戦苦闘中だが、学童のバザーで渓魚の塩焼きを売るという思いつきは良かったと思うぞ。格安で販売して、収益は学童保育クラブへ、子どもたちには渓魚の味を、俺には、軽い職漁師のような釣りの技術と串打ち、塩振り、大量の焼きといった技術を身につけることができるといった、三方得みたいなやり方だった。これが俺の当時の山仕事だったかなあ。

俺もどこかで高桑氏みたいな生き方を選びたいと思っている。どうなるかな…

明日、イワナ、アマゴに会いに行ってきます。

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